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医療と倫理と

1998年11月、米国ウィスコンシン大学のトムソン教授らによってヒトのES細胞(Embryonic Stem Cell:胚幹細胞)を取り出すことに成功した、との論文が米国の科学雑誌に掲載された。それまで一般の人々には殆ど知られることのなかったES細胞という言葉が一躍、市民権を得ると共に、再生医療が現実味をもって語られる様になった。

ES細胞は人体のあらゆる組織や臓器に成長する「万能細胞」として知られる。医療などへの応用が期待されるが、受精卵を材料として作るため、ブッシュ前政権の支持基盤だったキリスト教右派や人工妊娠中絶反対派が研究助成に反対。2001年8月に公的研究費による新たなヒトES細胞の樹立を禁止していた。政権交代に伴いオバマ大統領はES細胞研究の助成容認に転じる大統領令を近く発令するそうである。

ES細胞を樹立するには、受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となる。ヒトの場合には、受精卵を材料として用いることで、生命の萌芽を滅失してしまうために倫理的な論議がある。

先進国に於いては、例えば米国ブッシュ前政権の様に、いずれヒトになりうる受精卵を破壊することに対する倫理的問題から現段階でのヒトES細胞の作製を認めない国もある。

一方、パーキンソン病などの神経変性疾患、脊髄損傷、脳梗塞、糖尿病、肝硬変、心筋症など根治の無かった疾患を将来的に治療できる可能性から、その研究を認める国などに対応が分かれている。日本では限定的に認められている。米国に於いても、公的研究費を用いない形での研究がハーバード大学幹細胞研究所などで行われている。カリフォルニア州ではアーノルド・シュワルツェネッガー知事が認める方向を打ち出すなど、大きな社会的議論になっていた。

ES細胞から9年後の2007年11月、京都大学の山中伸弥教授らのグループがヒトiPS細胞 (induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞もしくは誘導多能性幹細胞)の樹立に成功し、その成果が学術雑誌に掲載された。

iPS細胞とは、体細胞(主に繊維芽細胞)へ数種類の遺伝子(転写因子)を導入して作るES細胞に似た分化万能性を持たせた細胞のことで、世界で初めて作られた。

元来、生物を構成する種々の細胞に分化し得る分化万能性は、胚盤期の胚の一部である内部細胞塊や、そこから培養されたES細胞、及びES細胞と体細胞の融合細胞、一部の生殖細胞由来の培養細胞のみに見られる特殊能力であったが、iPS細胞樹立法の開発により、受精卵やES細胞を全く使用せずに分化万能細胞を単離培養することが可能となった。

分化万能性を持った細胞は理論上、体を構成するすべての組織や臓器に分化誘導することが可能であり、ヒトの患者自身からiPS細胞を樹立する技術が確立されれば、拒否反応の無い移植用組織や臓器の作製が可能になると期待されている。

ヒトES細胞の使用に於いて懸案であった、胚盤胞を滅失することに対する倫理的問題の抜本的解決に繋がることから、再生医療の実現に向けて世界中の注目が集まっている。

医療技術の進歩は著しい。そして、それが確立される時、何時の時代も倫理問題が浮上する。為政者やその支持基盤の影響力も見え隠れする。私たちはこれらとどの様に向き合えば良いのか。

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